書く習慣を持つこと
2019.11.13
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。こうして毎朝ブログを書く習慣を持つことで、ちょっとだけ人生が豊かになっているような気がするのです。毎日、自分と向き合う時間を作ることで、過去の決断と今の思考が上手く繋がってくれて、前を向いていられる時間が増えているように感じるのです。
僕は毎朝ブログを書くのが習慣です
こうして、16ヶ月(487日間)ほど毎日ブログを書き続けているので、「僕は毎朝ブログを書くのが習慣です」と言ってもバチは当たらないでしょう。
開設前に、ブロガー諸氏のブログを読んだり、SNSをフォローしたりして感じた「ほう、ブログというものはそこそこ稼ぎが得られるのだな。ではオレも」という目論見はまったく達成できていません。
ゆっくりと上昇傾向ではあるものの、あまりにもゆっくり過ぎるのです。
文章力が向上したのかといえば、開設当初に書いた記事を読み直して、気持ち悪さを感じる程度には前に進んでいるようではありますが、誰かの指導を受けるわけでもなく、執筆前に構成を練ってから着手するわけでもなく、朝起きて思いついたことをテキトーに書き出しているだけなので、まあ知れたものでしょう。
書きながら「オレはいったい何を書きたかったんだっけ?」と迷路にハマることもありますし、書いてる途中で「あれ? これは以前同じようなことを書いたことがあるぞ」と気づくことも頻繁にあります。
(参考:日ごろ考えてることって、さほど多くない)
ただ「自分が考えてること」をひとつひとつ、言葉に変えていくクセがつき始めているような気がします。
これまで、ぼんやりしたままの思考がどんどん散らかっていく連想ゲームだったものが、こまめに思考の解像度を上げつつ、そこにいくつかの言葉を当てはめて自己理解に繋げていくようなプロセスが生まれてきているような気がするのです。
考えることについて、少し丁寧になったように思うのです。
アレもコレも。前に横に。どんどん拡散してい勢いはなくなった気がするので、いいことなのか悪いことなのかは謎です。
でも、書くことを習慣にすることによって、自分との向き合い方が変わったのは確かです。
今のところ「変化は善」だと思うことにしています。
自分らしさを記録するプロセス
僕はつくづく「言語化するのが下手くそなまま、大人になってしまったのだなあ」と思っています。
こんなに長い文章を書き続ける日々なんて、大学の実習&レポートだらけの日々と、卒論でイジメられてた時期以来なのですよ。
50代半ばにして、ようやく「自分が書きたいこと、伝えたいことを記録する場所があるって素敵なことなんだな」と思い至っているところなのです。
(参考:自分が作った自分の場所)
思わず「そっか、自分はこんなことを考えているのか」みたいなことに気づくのが楽しかったりするのですよ。
「ひと月前の自分と今の自分は、こんなにも違うんだ…」みたいなことも頻繁に起こるのです。
毎日、何かしらのアウトプットをし続けることの効能ですね。
思えば、フリーのデザイナーになって20年強。サラリーマン時代を入れれば30年以上にわたって、常に他人を意識した成果物ばかり作ってきたのですよ。
延々と愚直に自分自身と向き合って、文章を書き続けるなんて初めての体験なのです。
当然、ブログ記事として公開するものだから、それなりの体裁は整えているつもりだし、都度々々想定するペルソナみたいなものを意識していないわけではありませんが、基本姿勢は「僕のことなんか、誰も見ていない」なのです。
淡々と、自分が書きたいことを書き続けることで、自分自身の変化や、あまり自覚していなかった志向に気づくことがなかなか楽しいのです。
前を向いていられる要因になっています
僕はこうして匿名でブログを書いているので、例外を除いて知人・友人に「ブログ書いてるよ」という話はしていません。
このブログによく書いている「セミリタイアしたよ」「デザイナー辞めて無職になったよ」「萩市に移住して、古民家買ってセルフリノベーションしながら暮らしたいんだよ」という話はよくしていますが、ブログに関して語ることはめったにないのです。
「教えて」とか「自分もやりたい、設定して」とか言われるのがメンドくさかったり、「引退したって言いながら、まだWebに携わってるんじゃん」と思われるのがイヤだったりと、理由はいろいろです。
でも本当は、いつの日か「もしかして萩ドットライフってブログ書いてるのって、あなた?」と身バレする日を待ち望んでいるのですよ。
そのくらい、多くの人に読まれるブログにしたいな、と夢見ているのです。
で、現実。16ヶ月間記事を更新し続けてきて、上述の自分の中で起こった変化以外に、なにかが起こったのか? と考えてみると「特に何も起こっていない」が答えなのですよ。
細かいことをいえば、毎月初に投稿している「運用報告」でレポートしているように、少しずつアクセスは上昇し、子供の小遣いにもならない程度の収益が上がるようにはなっていますが、さほど「変化」として誇れるようなものではありません。
「成果? そんなもの、そう簡単に出せるもんじゃないよ」と思い知っているところです。
かといって、すごくダメなことも起こっていません。
毎朝、4〜5時間程度費やして、書くこと決めて、執筆して、投稿して、あとはGoogle AnelyticsやSearch Controlなどのツールを眺めつつ、あれやこれや考えています。
これが無駄な時間かといえば、そうとも思わないのです。
そこそこ有意義だったりします。
今、無職なので暇だし退屈してるということも無関係ではないのでしょうけどね。
こうして毎日ブログを書いているおかげで、セミリタイア生活を始めたことも、デザイナーを辞めてしまったことも肯定的にとらえることができるのですよ。
記録を残し続けることで、あのときの判断と、今の思考が繋がっていることを感じられて「今はまだ、結論だすときじゃないな、道の途中だ」と前を向いていられるのです。
ブログ書いてなかったら「無職になる」と決断し、そして行動してしまったことの是非を振り返って自問自答している頃なんじゃないかな? と思ったりもするのです。
どっちがいいとか言うつもりはありませんが、僕は前を向いていられるほうが、ほんの少しだけ心の温度が上がっているような気がして、好きなのです。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。