印象の距離、印象の時間
2018.08.04
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。数値で語られる「距離・時間」だけではなく、印象の「距離・時間」ってあると思うのです。会いたい人の元へ行くときには、数千キロでもワクワクしながら移動するし。会いたくもないヤツに「今、最寄りの駅に要るんスけど」って言われても、絶対ムリ。
完全リモートワークを完成させてる途中
このブログのいろんなところで「もう、完全リモートワーク化は成立してるんです」って書いているので、特にリンクは張りません。
僕の仕事はWebデザイナー。某大手マンションデベロッパーがメインクライアントです。
ここ数ヶ月、クライアントとのミーティングに出席していません。案件が始まると「定例会」というものが始まり、週1回のミーティングをしながら作業を進めていくのですよ。
Webサイト以外にも、広告やら印刷物、看板などなどの話を一緒に進めていくので、ムダな時間も多いので、前から「僕が必要なときだけ呼んでくれません?」などとお願いしていたのですが、とうとう行かなくなりました。
クライアントと僕の間にディレクターを入れることにしたんですよ。
そのディレクター氏が、定例会に出席し、クライアントや広告代理店の担当さんとの連絡もやってくれる体制を作ったのです。
もちろん、ディレクター氏への報酬は発生しますし、ディレクター氏は僕の専属ではないので、受注できる案件は減ります。つまり、僕の収入は減るのです。
実は、そのディレクター氏は名古屋に住んでいるのです。定期的に東京へやってきて、人に合う仕事を済ませて帰っていきます。聞けば「名古屋よりも東京の方が仕事の単価が高いので、仕事は東京に集中させたほうがいい」のだそうです。
つまり、僕が請けている案件、ディレクター氏が名古屋からやってきて、大手町のミーティングに出席。大手町から地下鉄で7分のところに住んでいる僕は、1ミリも移動しない。という組み合わせでやってます。
今の状態が合理的か、非合理的かが問題なのではなく、僕の完全リモート化への過渡期だからなのですね。
ディレクター氏にとって、新幹線に乗って赴く東京大手町は「遠くない」のです。ずっと名古屋に住みながら東京の仕事を続けて行くのが希望なので、それが通常の状態なのですね。
僕にとって、地下鉄に7分乗って着く大手町は「遠い」のです。萩に移住して、完全リモートワーク体制になることを希望していますので、客先に赴く事案を徹底的に排除していのです。
「電車に数分乗るのもイヤなんでしょ?」じゃないんですよ
決して、移動が嫌いなわけじゃないんですよ。大手町のミーテングに出席したくないのは「完全リモートワークにしたいから」「萩に移住して、そこを拠点にしたいから」なのです。
距離や時間で決めてるワケではないのです。
ちゃんとした目的があれば、何時間だって飛行機や新幹線に大喜びで乗りますし、何千キロだって移動します。
逆に、つまんない誘いだったら、エレベーターで1階に降りるのすらイヤです。そういう場合「伺います」とか言われるのがもっとイヤだから、出ていくことになるんですけどね…。
最近、めっきり行かなくなったけど、金融機関とかで待たされるのとかイヤですよね。せいぜい5分くらいのことなんでしょうけどね。
居酒屋で乾杯のお酒が来るとき、全員分がいっぺんに来ないのは「ま、仕方ないか」なんだけど、揃うまでに1分くらいかかると、ちょっとイラっとしますよね。
ミーティングで自分に関係のない話を何十分も聞かされるなんて地獄ですよね。「私はOKなんですけど、〇〇上司の承認待ちなんです」とか。
「距離はキロメートルじゃない」し「時間は分数じゃない」んですよ。計測された数値はあまり関係ないように思うのですね。
結局、自分の印象がすべてなんですよね
ムダな移動、ムダな時間がイヤなんですよね。つまんない移動、つまんない時間もそう。
逆に、必要な移動、必要な時間はアリだし、楽しい移動、楽しい時間は、大好き!
たとえば、気の合うもの同士で、だらだら楽しく喋りながら酒飲んでる時間って、後者ですよね。
「へ? もう終電? いいよいいよ、タクシーで帰るから」って。ずっと長居しちゃいますね、他人から見たら「ムダな時間」なんでしょうけどね、自分にでは「必要」だし「楽しい」んですよ。いくらでも時間を確保したい。
「気の合うもの同士」と「楽しく」ってのがキーワードですね。これが「つまんないやつら」と「つまんない会話」だったら、本当にクソな時間になっちゃうわけですよ。1分持ちませんよね。
こういうのって、だいだいメンバーで決まっちゃうかな…?
- 「ムダな移動・時間を嫌う」と「必要な移動・時間を好む」
- 「つまんない移動・時間を嫌う」と「楽しい移動・時間を好む」
って、対称な気がしてるんですよね。「嫌う」側に激しく反応するヤツって「好む」側にも激しく反応するし、両方に対してそれほど激しい反応をしないやつだっている。
なんとなく「必要な移動・時間を好み、楽しい移動・時間を好む」の方が生きてて心地いい感じがしませんか?
ならば、積極的に「ムダな移動・時間を嫌い、つまんない移動・時間を嫌う」を実践するのがいいのではないかと思っています。
ムダなこと、つまんないことって、人によってもたらされるので、環境を変えて、働き方を変えて、人間関係の断捨離をするとうまくいくような気がしているのです。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。