ローカルメディアについて考えてみる
2018.09.10
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。「オレ、萩市の出身だから、詳しいですよ」なわけないよね。だって、大学進学と同時に街を離れてるし、大人としてこの街で暮らしたことないんだもん。記憶は子供の時のまま、たまの帰省で目にする上っ面の変化で、記憶をアップデートするだけなんですよ。
実際の空気感なんてわからないですよ
山口県萩市って、わりとメディアに登場することが多い地名だから、知名度高いですよね。なのでちょっとした日常会話の中で「どんなところ?」とか「ワタシ行ったことある」みたいな話題が始まることもたまにはあるのです。
でも、僕の知識って子供時代のままなのですよ。むしろ、テレビや雑誌で語られる「僕の知らなかった萩」で記憶が更新されたりしていますし、たまに帰省したりしたとき変化に気づいたりもするのですが、なんとなく上っ面で「変わったな」って感じて、ぼぼ観光客と似たようなものなんですよね。
だから「オレは萩市出身だから、知ってる。詳しい」みたいな「語り」を始める人に、こっ恥ずかしさを感じるのです。
ただ、僕が萩に移住して何年か住んでみて、大人としての萩市民を経験したあとに「何かアウトプットできるだろうか?」と考えると、すぐに「あれができる」「これもできる」というものはすぐには思いつかないのですよね。
今のうちから、言葉なり、映像なり、情報なり、何かしらのアウトプットをするつもりで、移住を考えたほうがいいのかな? と思っています。
誰かが萩を語るときに、僕がどっかで使った言葉をなぞったりしてくれると、すごく嬉しいような気がするのです。
そのためには、僕がまず腹落ちしてから、その言葉を使わないとダメですね。
「地方」ではなく「地域」なのでしょうね
僕も無意識に同じ意味で混ぜて使ってしまうのが「地方」と「地域」です。僕がまだ東京に住んでるからなのですよ。
「東京と地方」という枠組みがあって「地方のひとつとしての萩」を移住先、セミリタイアの地として選んだという認識を持っているので、萩を指して「地方」と呼ぶことが多いのです。
萩に住んでいる人にとっては、あくまでも「地域」なのだろうと思います。もちろん、東京を意識した文脈で「地方」と呼ぶことくらいはあるのでしょうが。
だから、僕も意識的に「地域」という言葉を使っていこうと思っています。
萩に移住して、大人として改めて萩を見て、その地域がもつ空気感とか風土のようなものを言葉や映像として語りたいと思っているのです。そして、その行為を継続するための仕組みを作りたいのです。
ザクッと思いつくのは「ローカルメディア作りたい」なんでしょうかね?
たぶん、言葉にしたり、ビジュアルにすることで、地域の人が「これを大切にしよう」と思い始めてくれると、すごく楽しいし「ワタシだったら、こういう言葉で語る。こういうビジュアルを作る」って人が増えてくると、さらに楽しみは増すと思うのです。
僕はデザイナーなので、短絡的に「ローカルメディア」と発想したのですが、いろんなカタチで、住民が地域のことを語り続ける街であり続けるとステキなことだと思うのです。僕もその中のひとりとして、加わりたいのです。
なんとなくみんなで共有していた風土が、言葉を与えることで「地域を象徴する文化」になるのですね。おそらくそれは、シビックプライドを補強してくれるし、地域としてのアイデンティティの輪郭が強調してくれると思うのです。
オシャレな仕上がりには、ならないのです
いま、「地方」の人は、みんな東京を向いていますよね。
理解できるのです。日本最大の消費地だし、人も文化も仕事も夢も出会いも、あらゆるものが集まっている東京的なスタンダードで認められたいという感情は、概ね間違っていないんでしょうね。
東京でも産品やコンテンツを地方に求めているので、双方の思惑が合致した状態でもあろうと思います。
でも、「地域」に求められているのは、地元の魅力を都市の人にかっこよく紹介するためのコンテンツじゃないと思ってるんですよね。スタンダードをグローバルや東京に求めない、いい意味での「内輪受け」感だと思うのです。
みんなが共有してる「オシャレ」じゃないのですよ。
僕を含めて、潤沢な資金もないし、クリエイティブな人材もいないわけですから、変に背伸びして「東京っぽい」しつらえにしても、そんなことする時間がムダなのです。その地域なりの、新しい価値基準を作る必要があるのですね。
文章がヘタでも、デザインがヘタでも、概ね許容する。テレビに出てる「あのタレントさん」よりも、街の中の「見たことある人」。自分たちの地域の魅力を、自分たちで見つけ、評価する。そういう、都市の基準とは一線を画したマインドセットをみんなで作り上げていくことができれば、とても楽しいと思うのです。
たぶん、情報の送り手と受け手は、入れ替わり続けるのだろうと思うのです。この関係性に格差があるのが、マスメディアと読者・視聴者の関係でした。
しかしローカルメディアだと、文房具屋のオバちゃんが、送り手であり、受け手もあるのですよね。
「ローカルメディア作るぞ」って決めてたわけじゃなかったけど
前述のとおり、
萩に移住して、大人として改めて萩を見て、その地域がもつ空気感とか風土のようなものを言葉や映像として語りたいと思っているのです。そして、その行為を継続するための仕組みを作りたいのです。
ザクッと思いつくのは「ローカルメディア作りたい」なんでしょうかね?
なのであって「決めました。ローカルメディア作ります」ってワケじゃないのですが、なんか書いてるうちにそれっぽいことを考えてるふうな文章になってしまいました。
最初は「(仮題)萩の空気を言語化したい」で書き始めたんですが、こんなことになってしまいました。
ただね、面白いとは思ってるんですよ。興味もある。
今、このブログ書いてる「hagi.life」以外にも
- hagi.city
- hagi.link
- hagi.style
ってドメイン抑えてるし、ココロのどっかしらに、ローカルメディアを作りたい欲求はあるのです。
ちょっと本気で考えてみようかな、楽しそうだな。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。