[二拠点生活]再開します
2019.03.22
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。ようやく二拠点生活を再開することができるのですよ。もともとは「移住に至る過程」みたいな意味合いではじめたことで、それほど大きな意味をもったことではなかったはずなのですが「計画が狂った」みたいに感じて、ちょっとモヤモヤしましたよね。
寒さ対策のための工事だったのに…
年が明けてから一度も萩の作業場を使用していなかったのですよ。
萩の作業場というのは、山口県萩市にある、僕が生まれた家の一室。ここを自由に使わせてもらっていて「萩の作業場」と呼んでいるのです。
このブログでも「東京と山口県萩市を行ったり来たりしながら、二拠点生活をしています」という定型句をよく使っていたのですが、この3ヶ月間、ずっと東京にいたので、二拠点生活には言及することができなかったのです。
一番大きな理由は、工事を依頼してたことですね。
とにかく寒いのですよ。
(参考:築40年を超える軽量鉄骨住宅、寒いっ!)
元々は僕の子供部屋だったのですが、僕が家を出たあと父の「趣味の部屋」になったようなのです。
「風通しがいいように」と、四面すべてに窓を付けているのですよ。もともとは南北の二面にだけ窓がついていた部屋だったのですが、増設してる…。その上、入り口はガラス戸になってるし。しかも、アルミサッシの精度が狂ってるので、隙間があるし。
いろいろやることはあるけれども、応急処置的に「一面だけ窓をツブして壁に戻す」「入り口のドアを木製に」だけ、工事をお願いしていたのですよ。
「[二拠点生活]ひと月まるまる東京でした」でも書きましたが、その工事を依頼したのが、親戚(叔父)なのです。
なかなか着手してくれなくて、催促してもなんだかんだと「できない理由」を付けてくる。かといって、親戚だから「じゃあ、他の業者に頼む」とも言いにくい、みたいな状況に陥っていて、今に至ったのです。
途中三回くらい「寸法測りに来たよ」という話は聞いてたんですけどね。
何はともあれ、頼んでいた工事は終わったようです。
寒さ対策として依頼した工事なのですが、もう春ですね…。
「二拠点生活」に大きな意味があるわけじゃなかったんですけどね
とりあえず、四月の最初の週末から2週間、萩の作業場に移動するべく、航空チケットを手配しました。
ゴールデンウィークの10連休は東京にいるつもりなので「平成最後の…」ってことになりますね。
この3ヶ月間、ずっと東京にいながら「何やってんだオレ」と思っていたのですよ。
セミリタイア中なので、ひたすら暇だし、先日投稿した記事「暇の使い方の上手なヤツになろう」で書いたように、あまりフラフラと出かけるようなことはせずに「待機中」ということにしているので、ずっと自宅兼作業場でモヤモヤし続けているのです。
やはり、少しは刺激が必要ですよね。たぶん「何もしてない」って耐えられないのですよ。
今のところ、こうして毎日ブログ記事を投稿しているので「ブログやってる」なのではありますが、これが習慣化して当たり前になっちゃうと、毎日ブログ書いてても「何もしてない」って感じ始めちゃいますね。
その上、ずっと続けるはずだった「二拠点生活」が継続できなくなると「早くも計画が狂っちゃった」みたいに感じて、モヤモヤしちゃうんですよね。
もともと僕の意図としては「萩市への移住」なのですよ。
そのための「つなぎ期間」だったり「人生の一時期、ちょっと変わった生活スタイルを取ってみるか」みたいな意味合いでの「二拠点生活」なのであって、それそのものに意味はなかったはずなのですよ。
ちょっと計画が狂ったくらいでイラつくようなものじゃないはずなんですけどね…。
「休み慣れ」みたいなことも考えないと
たぶん、フリーランスにこういう人、多いんじゃないでしょうかね? 休み慣れてないんですよ。
僕にとって今は、なんらかの成果を求めるフェーズじゃないんのですよ。だって、長期休暇に向かうためのセミリタイアなんですから。
「萩の作業場、今使えないから行かない。それが何か?」くらいで済む話なのに、イライラしちゃう自分がイヤになりますよね。
僕は、自らの意思で自分を変えようと。そのためには、一旦長期休暇を取ってリセットするフェーズが必要だという結論を自ら導き出したはずなのですが、どうしても20余年にわたる職業人生活のリズムが染み付いちゃってるんですよね。
ちゃんと「休む」という概念が定まってないような感じもしますね。
そのへんを含めての、セミリタイアから長期休暇に向かうフェーズではあるのですが…。
ようやく再開することができる「二拠点生活」も含めて、
- 働かない
- 仕事を作らない
- 成果をイメージしない
時期を設けることって、僕にとって未知の領域なのですよ。
たぶん、子供時代も常に何らかの課題を与えられてたりして、擬似的な「労働」「仕事」「成果」を求められてたような気がするので「勝手にしてていい」って状態、幼児期以来でしょうかね?
なんとなく、脳のプログラミングをし直してる期間のような気がしているのです。
◆ ◆ ◆
今回の記事、しっくりまとまらないのですよ。
「二拠点生活を再開しますよ」という単純な話なのですが、3ヶ月間、萩の作業場に移動できなかったモヤモヤとか、再開できてなんかホッとしつつも、ちょっとメンド臭く感じ始めてる感じとか。
「再開するよ」をきっかけに、せっかく作ったリズムが壊れることで感じたイライラが蘇ったりとか。
「セミリタイア」「二拠点生活」を同時に開始する決断に至るテーマである「人生の転換期」的な思考とか。
もともと「動きながら考えよう」と始めたことではありますが、こうして文章にしてみると「あれ? なんか違う。バグってるぞ」と感じる日もある、ということで。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。