飲み会が、さっとお開きになる感じがいい
2020.11.09
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。移住した山口県萩市において、比較的飲み会があっさりとお開きになることが多いような気がします。お店を出た後にウダウダと謎のタマリを作って話し続けるということがあまりないのです。僕の人付き合いの範囲に限定される可能性は高いんですけどね。
車で帰っていくからなんですけどね
なんでもかんでも、田舎と都市部を比較して「あそこが違う、ここが違う」と言い続けるのもどうかと思うのですが、なんだか今はそんなことばかり思いつくフェーズみたいです。
もともと僕は「飲みに行こう、飲み会やろう」と積極的に人を誘う方でもなければ、誘われてもメンバー構成を聞いてつまんなそうならば「そのメンバーなら行かない」と断るタイプではあります。
だから人によっては「あいつ、付き合い悪いよ」と思っているかも知れませんし、逆に「だいたい、いつも来てるよね」と思ってる人もいるんじゃないでしょうかね?
結局は「人による」なのですよ。
こんな話は、以前投稿した『飲み会を「つまらない」と思うようになった理由』という記事でも触れていますので、ご参考に。
それと僕がなかなか嫌いなのが、飲み会終わったあとに居酒屋の前で「タマリ」を作ってウダウダと会話を続ける時間なのですよ。
なんとなく「メンバー次第では、もう1件付き合うかな」とか「苦手な人と同じ帰路になりたくないな」みたいな牽制タイムなのでしょうが、そうなりそうな雰囲気を察知したら「じゃ、お疲れさまでした」と、ひとり離脱するようにしていました。
「いました」と過去形なのは、おそらくもう店前で謎のタマリを作るような飲み会に出席することって、なさそうだと思っているからなのです。
僕の人付き合いの範囲にもよるのかもしれませんが、これって東京で多くて、萩で少ない行動様式だと思っているんですよ。
理由は簡単で、東京では飲み会のあと電車で帰っていくけれども、萩の人は運転代行を頼んで車で帰っていくからなんですよね。
萩で開催された飲み会で、謎のタマリができるのってちょっと規模の大きい同窓会のときくらいじゃないでしょうかね。
帰省者がいるので「タクシーで帰ろうか」「歩いて帰ろうか」「せっかく会えたんだから、もう1件行かない?」みたいな探り合いが始まりますからね。
僕はたぶん、そういう場にはもう行かないと思うのです。
帰り際に名残惜しさを出さない感じがいい
萩で開催される飲み会って、お店にいるうちから「そろそろお開きにしようか」「んじゃ代行呼んで」みたいな感じで、店内にいるうちにお開きが決まるんですよね。
二次会に行く人は「オレ飲み足りないから、誰か付き合って」「じゃあワタシが」みたいな感じで、次の行動もだいたい店内で決まるのです。
「次は○○ね」みたいに、最初っから行く店、帰る時間まで予定調和になってる飲み会もありますけどね。
まあ、最初っから分かった上で参加しているので、特に文句はないのです。
お店の人に「代行○台来ました」って呼ばれて「じゃあ、遠いやつから帰れよ」みたいな感じで、あっさりとお開きになるんですよね。
田舎だと、だいたいいつも似たようなメンバーで飲み食いしているからなんでしょうね、あまり名残惜しさみたいなものは出しません。
「ほんじゃね、またやろう」くらいのもんです。
東京にいるころは、たまたま仕事で一緒になって「打ち上げしましょ」みたいな感じで飲み会開いて盛り上がって、「また何かの仕事で一緒にならない限り、この人と飲むことないだろうな」みたいなことも多々ありましたので、単純な比較はできませんけどね…。
お開きあとの店前の謎のタマリを嫌っている僕ですが、そのタマリに混ざってたことはないのか? というと、そうとも言い切れないのです。
よく、地方移住系のブログ記事に目を通してると「人間関係がウェット」とか「いつも監視されてるみたい」といった意見に巡り合うこともあるのですが、僕はいまのところ反対の印象しかありませんね。
新型コロナ禍のために、あまり人と人が接触できない時期だからなのかもしれないし、僕が移住先に選んだ田舎が、地縁のある「生まれた街」なこともあって、今のところ素性の分かってる人としか付き合っていないからなのかもしれません。
概して、いまのところ快適です
結局、何が言いたいのかというと「萩市に移住してきて、いまのところ快適です」ということなのですよ。
なんとなく想像通りというか、想像を外れた出来事も良きほうへ解釈できるほどの余裕を感じるというか。
まだまだ移住して3ヶ月弱なので「何も見えちゃいない」時期であることも、決して否定はしませんけどね。
僕が家を買った周囲の環境に関してもそうです。
なんとなく他人の生活に踏み込むこともなく、道で会ったら挨拶をするくらいの心地よい距離感で生活していそうな印象を受けています。
うちの周囲が、昔からの農家と新しめの住宅が混在しているエリアだからなのかもしれません。
僕が以前暮らしていた東京のマンションとさほど変わらない「人と人との距離」だと感じています。
反対にもっと、近所の人が段ボール箱に野菜を詰めて持ってくるとか、ゴミ捨て場の前でみんなで近所の人たちの噂話やら行政の対応について語り合う、みたいなことを想像していたのならば、物足りない感じはしたでしょうけどね。
この「移住して、良かった/悪かった」については、これから先、二転三転するはずなのですよ。
ずっと「良かった良かった」で終わるわけありませんもんね。
良きにつけ、悪しきにつけ、こうして定期的に記録していこうと思います。
ただ、これまでずっと朝ブログの習慣を続けてきて「こんなのクソだ」というテーマよりも、「この感じ、なかなか良いですよ」というテーマのほうが筆がよく進むので、どちらかといえば「こういうところがいいですよ」という方に偏りそうな気はしています。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。