制服やら集団行動やら「没個性」なこと、ワリと好きですよ
2018.07.20
最終更新日:2018年07月28日
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。服を買わないのですよ。シャツやパーカーはユニクロだったり鎌倉シャツだったりの白か黒、同じやつをまとめて5枚ずつ買ったり、パンツはエドウィンのGパンを毎年1本買い足し。そんなもんです。靴下履くのはランニングのときと冬だけ。夏はいつも短パン。
他人の服とか気になります?
「限られた労力と時間を、服の選択に使いたくない。もっと本質的なものに向けたい」みたいなことでもないんですけどね、そいういう言い方をするときはありますよ。
スティーブ・ジョブスがそんな事を言いながら、いつも黒のタートルネックとGパンでしたよね。
「ほら、彼みたいなさ」ってふうに例示しやすいですから、マネをすることはあります。
さらに言えば、僕は頭髪とヒゲと眉毛を全部バリカン1本で処理してますので、「限られた労力を…」な感じの話で丸める方が、説明が早いんですよ。
実情は、そこまで自分の能力を活かしたい話じゃなくて、ズボラなので「ラクしたい」なんですけどね。
試しにやってみたら「快適だし、これでいいじゃん」なのです。
僕の服装なんて、たぶん誰も見てないと思うんですよね。「ホテルマンは時計と靴を見ている」みたいな話も聞いたことありますけど、あまり僕とは関係ないように思うのですね。
僕の服装を一番期にしているのは、僕に決まってるんですよ。なので自分が気に入ってるんなら、それが一番なのだと思いますし、そうしてます。
なんなら制服が一番ですね。スーツみたいなのよりも、スポーツチーム的なシャツから上っ張りまでいろいろあって、気温によって着脱できるタイプの方がいいです。
なので、他人の服装も一切覚えてません。
打ち合わせの枕で「お、メガネ率75%ですね」とか「短パン民族、僕だけっすね」みたいなことを言うくらいのはありますかね。そのくらいが他人の服装を気にする限界でしょうか。
特別に好きな人、嫌いな人でなければ、そこまで気にしませんもんね。
個性的であろうという必要もないように思うのです
「個性を大切にしろ」「個性を育てろ」って言いますね。いいことだと思います。
個性ってなんだろ? と疑問に思って調べると、
個性:
その人の持つ独特の性質。その人がその人であること。
出典:https://ja.wiktionary.org/wiki/個性(2018年7月20日現在)
なのだそうです。
これって、自分でコントロールできるもんなのか?
「みんなちがって、みんないい」や「世界に一つだけの花」などなどの言い回しは昔からありますが、そもそも元から各人に備わってるものなので「さあ、オレは今日この日から個性的に振る舞うぞ」みたいなものではないような気がするのです。
だから、前述の僕がいつも同じ格好をしてる話ですが、おそらく僕は「個性的ではない」と評されるような気がするのです。「だって、いつも同じカッコじゃん」と。
そうか? 僕は「『服なんて同じでいいじゃん』と考える」という性質を持っているので、それは僕の「個性」ですよね? ダメか?
個性って長所のこと?
おそらく「個性」は「長所」でなければ「個性」として認定されないんじゃないってことになってるんじゃないでしょうかね?
たとえば「数学が得意」な子は「個性的! もっと数学を頑張って、個性を伸ばしましょう」という評価を受ける。
「足の遅い子」は存在を認識されない。「個性がない」とさえ言われない。
この「数学が得意な子」と「足の遅い子」が同一人物だった場合、この子は「数学が得意という個性がある」という評価になりますね。決して「数学が得意であり、足が遅いのが個性です」とは言われない。
短所を個性の中に含めないのですよね。
「○○さんは、足が遅い子です」というと、貶(けな)してるように思われちゃいますもんね。
長所と短所って、等価だと思うんですけどね。この辺を膨らませると、いろいろやっかいそうなので置いときます。
どうやら「個性」は「長所」と言い換えて良さそうなんですよね。
「ほら、あなたにはこんな優れてるところがありますよ、素晴らしい!」という褒めとか励ましに使うもののようですね。
集団行動って没個性ですか?
物心ついたときから、幾度となくみんなで同じことをさせられましたよね。
同じ振りで踊りを踊る。同じ問題を同じ時間で解く。同じものを食べる。同じ動作の練習をする。同じ歌を歌う。同じテーマで絵を書く。
いろんな効能を目的としてるんでしょうけどね。教育過程だと「評価を容易にする」ってのは大きいかもですね。
「士気を鼓舞する」ってのも集団行動の効能のひとつですよね。運動会の応援とか、ラグビーのHAKAなんて有名ですね。
そして「個性(長所)の発見装置」としての役割も大きいんじゃないですかね?
みんなで同じことをやってるのに、この子だけ「上達が早い」「様子が良い」「豊かに表現できる」「新たな課題を探し求めようとする」……。
こういうのが個性の本質だと思うのですね。
決して、奇を衒ったり、斜に構えたり、場を破壊するような振る舞いをすることではないと思うのです。
自分を個性的な人間であると無理にアピールしようとすると、そうなっちゃいませんかね? こちらの方に、ある種の「型」を感じますよね。
「私は個性的だからみんなに嫌われてる」みたいな事をおっしゃる方に出会うことがあります。むしろ「典型的」だから軽んじられておられるのではないでしょうか?
僕は、好きなことを好きなようにやって、あとは世間様の評価にお任せすればいいんだと思っています。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。