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フリーランスの賞味期限

2018.08.06

最終更新日:2019年01月02日

こんにちは、萩ドットライフ()です。

フリーランスって、カッコいいことだと思ってる人、多いんじゃありませんかね? 言葉の響きから「自由」とか「自分のスタイル」とかってイメージがつきまとうんでしょうね。元の意味は「傭兵」なんですが、実際は「潜在的失業者」ですらありますよね。

「商売人」であることを優先します

「案件の依頼を請けてるのに、モチベーションが全然上がらない…」
「お金もらえる作業じゃないのに、モチベーションが無限に湧いてくる!」
よく起こる現象なんですよ。
学生時代の試験勉強に例えるとわかりやすいかもしれません。「明日、英語のテストがあるのに、今、無性に数学の勉強したくなる」みたいな状態ですね。

たぶん、アーティストならば、湧いてくるモチベーションに忠実になればいいのでしょうが、僕はデザインを生業にする事業者=商売人なので、そうはいきません。
なにがなんでも〆切を守らなければならないのです。モチベーションがゼロでもどうにかして請けてる案件を仕上げ、お金に変えなくてはならないのです。

と、まずは「フリーランスって、そんなに自由じゃないよ」ってところから語ってみました。

反対に、サラリーマンって世間で思われているほど不自由ではないように思えますよ。
フリーランスや個人事業主、起業家のように目先の金を追いかけることをしなくていいし、企業の持つ信用と資金を使って、個人ではやるには不可能なことでも、実現可能ですよね。
サラリーマンの人も、そうじゃない人も「サラリーマン=社畜」というマインドセットは捨てるべきだと思いますよ。

僕はフリーランスになってよかったですよ。
電車に乗るのがすごく苦痛だし、毎日決まった所に行くことできないし、作業場で人の気配がするの不快だし。みんなが我慢できることを、僕が我慢できないんですよ。
そういうのを全て解決できるのって、フリーしかないんですね。

フリーランスにとって、盆暮れGWはラボ

僕、自動車免許持ってないんです。20年くらい前に失効させちゃったんですよ。そんな分際の僕がいうのもアレですが「自動車って、加速してるときが一番安定してる」って言いますよね。
フリーランスにも似たようなところがあるんですよ。
「フリーって不安定だよね」って思われてるし、自分も思ってます。たしかに金銭的には、サラリーマンのように、毎月必ず同じ金額が振り込まれるってことはありませんし、ケガや病気で働けなくなったら、明日から無職です。
だけども安定を感じるときがあるんです。それが「新しい技術を獲得してるとき」なんですね。なんか自分自身の「食っていくチカラ」が増してる気がするんですよ。
物理的な「安定」じゃなくて、キモチの話だから「安心」の方が正確なのかな。

仕事に追われてるときって、新技術の獲得とか検証とかできないですね。自分はやってみたいけど、需要がない分野のトライアルとか。
こういうのを、クライアントも広告代理店も休業中で、仕事がひと息ついてる「盆暮れ」「GW」に固めてやります。

ただ、すぐに役に立つとは限りません。
試したことのいくつかが、引き出しに入る。
いつか開ける機会が来るかもしれないし、別の問題に取り組むときの解決策の欠片(カケラ)になってくれるかもしれない。
それ以前に、問題に気付くことに役立ったりもすることも多くて、これが重要だったりします。

極端なことを言えば「そのうち役に立つ」なんて考えなくてもいいのです。
学習・訓練して「できること」「技(わざ)」が増えればそれでいいし、他人がやってて、自分ができないことを「何?何?」って、素直に面白がり続けられれば、それでいいのです。

そろそろ賞味期限だな

前項の「盆暮れGWのラボ」「技を増やす」「面白がり続ける」の方向性が、今いるフィールドから逸れてきているのです。
今の業務をやり続けると、絶対に使わないだろう技術や分野にばかり興味をもつのです。
この記事のアタマで書いた「お金もらえる作業じゃないのに、モチベーションが無限に湧いてくる!」に支配されてる感じなのです。
「オレ、デザイナーとして賞味期限がきてるな」と感じてるのです。

デザイナーをやめるときは、法人を解散して引退するもんだと思ってたんですけどね。
そうではなくて、別の「面白そうなこと」に上書きされることによって、デザイナー人生の幕を引くことになりそうなのです。

すぐに「デザイナーやめた!」ってなるわけじゃありませんよ。
両立させながら、だんだんとバランスを変えていくことになるんだろうと思います。
とはいえ、クライアントからの注文があってはじめて成立する職業なので、ある日突然、それが途絶えて強制終了になるかもしれませんけどね…。

ものすごく楽しく遊びたいのです

20年前。サラリーマンを辞め、自分の会社を作ったときのはじめての仕事が「舞台公演んおプロデュース」でした。
この経験、ものごとを考えるときの判断基準にしてるのですよ。
まったくシロートの状態で、話が二転三転しながら進んでいき、業界のしきたりや常識とされてるものをひとつひとつ教えてもらいながら、形にしていったものだったのでツギハギだらけのパッチワークのような仕事でした。
結果、テレビやら雑誌やらに取り上げてもらったり、バラエティ番組で使ってもらったり。企業からもそこそこの資金を提供してもらったり。チケットも完売したし、再演もしたし。
「はじめちゃえば、どうにかなるよ」感がすごく心地よかったのですよ。
「この仕事そんなに簡単なものではない」「ずっとやってるプロを舐めないで欲しい」みたいなことは散々言われましたけどね。

そのときと同じような精神状態に、もう一度なろうと思っているのです。
決して「舞台やりたい」じゃないですよ。
思いつくがままに、考えたり手を動かしたり、知り合った人によって方向性変えたり戻したり。結果的にたどり着く「何か」を見たいのです。ものすごく楽しく遊びたいのです。

で、また何年か後に「デザイナーになりました」って帰ってくるとになるかもしれないんですけどね。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。