50代フリーランスの後悔は、変化を作ってこなかったこと
2019.01.02
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。決して「フリーランスになんて、なるんじゃなかった」という話ではありません。僕はフリーランスになってよかったんです。救われたんです。でも「もうちょっと、こういうことやっとけば良かったな」ということもありますので、その記録と考察です。
フリーランスは自分で変化を作リ出すしかない
「わかっていた、それでも足りなかった」ということなのですよ。
仕事というものは、常に変化し続けるものなのです。技術の進歩だったり、市場での流行り廃りだったり、発注者の好みだったり…。
同じことをずっと繰り返していれば、自分にポジションが与え続けられることなど、ある分けがないのですよ。
たとえば、サラリーマンの方であれば、企業内での配置転換があったり、セミナーなどの学習の機会が与えられたりするのでしょうが、フリーランスはそれを自分でやらなければならないのです。
自ら変化に巻き込まれていくべきだし、自分自身の中でも変化を作り出すことを常に意識いしていなければならないのです。
僕は、決してそれを怠って来たわけではないのですよ。
20年を超えるフリーランス生活の中で、一貫して「フリーランスにとって盆暮れGWはラボ」と思い続けてきましたし、実践し続けてきました。
それでも結局「Webデザイナーという枠組みから、外に出るための変化に取り組んで来なかったな」という後悔をしているのですよ。
「新技術」「周辺技術」「新表現」みたいなものには反応できていたのですが、その殻を破ることはできませんでしたね。
それが僕のチカラだということなのでしょうけどね。
ブログにもまともに反応できなかった
一例を挙げれば、今こうして毎日書いているブログ。
僕は、2007年にMovableTypeにハマってたんですよ。たしかバージョン3.3でした。
ライセンスも購入した記憶があるんですが、どこに使ったんだろう?
個人で遊ぶ分にはフリーでしたもんね。
そのとき、CMS(コンテンツ管理システム/Content Management System)としてのMovableTypeに魅力を感じて、管理画面からコンテンツをコントロールできることだけにしか興味を持たなかったのですよ。
実際、資本参加しているシンガポールの出版社のWebサイトを「オレに任せろ」と、MovableTypeで構築しましたもん。
ただ「ブログ」というものを完全に舐めてたんですよね。
WebライティングとかWebマーケティングみたいなものに対する知見が決定的に不足していたのですよ。
「は? 日記公開してウレシイか?」とか思ってましたもん。このときの僕が、40代半ばでしたね。
あのとき、同時にブログにまともに取り組んでいれば、今の状況は違ったものになったんじゃないでしょうかね。
もともと、印刷物(グラフィック)デザイナーだった僕が、Webに軸足を移すことに決めた90年代後半。30代半ばの僕は「チャチでチンケなオモチャだろ? そこがいいんだよ」って言ってたんですけどね。
(参考:Webはチャチくてダサかった)
こういうチカラって、年齢とともに失っていくんでしょうね。
今、50代。「安心感」の置きどころを、もう一回元に戻そうか
いつ頃からだったのでしょうか? Webデザイナーとして、ずっと依頼が来つづけることに安心感を抱きくようになっていたのですよ。
悪いことじゃありません。僕自身「仕事が切れない」「ご指名が多い」「報酬額を上げてもらえる」そんな職業人になりたかったのですから。
でも反面、変化することに対する「安心感」を失っていくのですよ。
「安心感」の評価軸が変わっていくんでしょうね。
以前は、自分の思い通りに変わられることが「安心感」に繋がっていたのですが、いつの間にか、安心感とは「変わらない」ことを指すようになってしまった感じがするのです。
自分が望む方向に身体を向ける、自分が進みたい方へ一歩踏み出す、自分が不満に思っていることを一度アタマの中から捨ててみる…。
そんなことが億劫になっていくのです。
なので、もう一度「変わることによる安心感」を得たいと思っているのですよ。
おそらく、今の僕の状況って「働き方にマンネリを感じちゃってるんだけど、上手く状況を変えるチカラを失ってる」そんな気がするのですよ。
ここから事態を改善していく像が見えない以上「離脱して、別のこと始めたほうがましだろうな」と考えているのです。
「人生100年」かどうかは謎ですが、おそらく死ぬ直前までゲームをやり続けるみたいに、なんらかのことを「仕事」って呼び続けるのだと思うのですよ。
(参考:人生100年時代。50代くらいでユルむための準備)
自分の好きなものを次々と作り続けるような、フェーズをもう一回作りたいのです。
もしかして、こういうのって周期があるのかもしれないですね。
- 捨てよう、変わろう
- 始めよう、こさえよう
- クオリティ上げよう、評価されよう
- 安心感を得よう、他のもの触ろう
みたいな感じでしょうかね?
僕は今「捨てよう、変わろう」期なんでしょうかね?
「オレ50代、人生の折返し」って思ってたんですが、ただクルクル回ってる途中ってだけなのかもしれませんね。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。