次のステップ
2019.03.19
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。このブログの大きなテーマが「フリーランスの老後」なので、今やってることを終わらせることを話題にすることが多いですが、一方では「次のステップ」に踏み出す物語なのですよ。終わりと始まりが同時に進んでいる今、感じてるストレスについて少々。
フリーランスの老後
先日投稿した『「フリーランスの老後」をプロジェクト化』でも書いたように、なんとなく今の僕の関心事は、
- フリーランス
- 老後
- ソフトランディング
なのですよ。
元々フリーランスの人脈って、仕事上のギブアンドテイクを前提に成立しているものなので、僕のように「セミリタイア」だの「長期休暇」「人生の転換期」だの言い始めると、群れから離れざるをえないのですよね。
なので、フリーランスの方が老後、どのような人生を送っておられるのか、なかなか知る機会がありません。
「人生変えて大成功」や「生活苦に喘いで不遇な晩年を」みたいな極端な例ならば、メディアの記事をあたれば、なんとなくそれっぽいものは見つかるかもしれませんが、僕のような凡庸なフリーランスの老後の物語って、あまり目にすることがありませんよね。
SNSやネット上の記事などで、フリーランスになることを勧める言説が増えている昨今ですが、僕はその風潮に概ね賛同しつつ「サラリーマンと違って、退職金ないぞ。厚生年金も法人化しないと入れないんだぞ」くらいのことはちゃんとイメージしておいて欲しいとは思っています。
「どうせ自分らのころには、退職金も年金ももらえない」と、サラリーマンをdisってもあまり意味がなくて「ならば、フリーになる自分は、こういう学習をして、こういう対策をしよう」と知恵を増やす方向に考えるべきだと思うのです。
活きのいいときには「老後」なんて考えませんけどね
僕は「フリーランスだからこそ、老後をイメージしたほうがいいよ」と思っているのです。
とはいえ、僕が「老後」を考え始めたのは50代になってからなんですけどね…。
40代の頃に「サラリーマンが定年を迎えるくらいの年になったら、どうすんのよ」と聞かれても「そんなもん、どうにかなるよ。ほら、今だってどうにかなってんじゃん」と答えていたと思います。
事実、似たような受け答えをしたこともあります。
そんなもんなんですよね…。
フリーランスになるときや、肩をブンブン回してるときって、老後感あるオッサンのことを舐めきってますからね。「オレ様が、こんなジジイになるわけないじゃん」と思ってますし、それでいいのです。
なので「もし、フリーランスになるときに、老後に考えが及んだとすれば、そのときは、もう一歩踏み込んでみると考えが広がるかもよ」くらいの主張にしときましょうかね。
なにはともあれ、僕は50代半ばにして「フリーランスの老後」に向き合うフェーズにいるのですよ。
今が「セミリタイア」期で、このあとに1年以上の「長期休暇」を予定しているので、今のところ何かを「辞める」「閉じる」「離れる」みたいな、ご隠居になりそうな話が中心になっていますし、僕の関心事も「トラブルなく群れを離れる」ことだったりするのですが、本来のテーマは「人生の転換期」なのです。
「次のステップ」へ向かう話を記録するブログなのですよ。
たまにはこの辺りをきちんと文章にしておきたいと思います。
今感じている「不安」とか「葛藤」とか
実際、決断はしたものの、ずっと不安や葛藤を抱え続けているのですよ。「行動すること」「時間が経過すること」でしか解決はしないことも分かっているのですが、今感じている範囲でまとめておきますね。
不安の種には事欠かない
大きく「人」「金」「環境」ですよね。すべてにおいて、皮算用上では不安は払拭されているはずなのですが、「ああなったらどうしよう?」「こういう場合は大丈夫か?」「原状復帰することも考えておかなくてもいいのか?」みたいな不安が次から次へとやってくるのですよ。
現状に未練があることも確かなのですよ。だって「楽しさ」を求めて作り上げた状況だし、何年か前には「最適解」だったのですから。
過去の似た状態のときの記憶の蘇りが止まらない
20年以上前のフリーランスになったときのことですね。
そのときのことを延々と思い出し続けるのですよ。今となっては忘れていた「後悔」「反省」「悔しかったこと」「自己嫌悪」「自己否定」。
上手く行ったことよりも、失敗したことが次々と思い出されますね。割と苦しいです。
「でも、どうにかなったじゃん」という今があるので、逃げられる苦しさではあるんですけどね。
布団を口に当てて「グゥヮ〜!!」って叫んでますね。
ずっと考え続けてしまう
要らないことも含めてです。もともと、ずっとネチネチと考え続けることが好きな性格ではありますし、セミリタイア生活に入ってることもあって、暇な時間が多いことも関係していると思います。
「盆暮れGWはラボ」というタグを付けた記事を何本か書いているように、暇があれば、なにかしらの技術に関する習得・学習をすることが趣味みたいなものだったのですが、最近はずっと「フリーランスの老後」についてばかり考えています。
(参考:フリーランスの僕が暇な時にやったこと)
早い時期から、長めのプロジェクトとしてイメージしといたほうがいい
おそらく僕らみんなわかってることなんですよね。
「今やってることを終わらせる」と「新しいステップに進む」は、同じことなんですよね。
これまで楽しかったことがつまらなく感じるようになるのは、新しいステップで得られる楽しさを期待してるからなのですよね。
過去に「これが最適解だ」と導いた答えを否定するのが、ものすごいストレスになってるのかもしれませんね。
ストレスから逃れるために「次のステップ」に進む決断をしたのにね…。
この辺は、何がオモテで、何がウラなのか、自分でもよくわかりません。
でも、もしかしたら自分が今50代だからモヤモヤしながらでも適応できそうな気がしていますが、これが例えば定年後の65歳だと「もういい。なんもしない」ってなったのかもしれないな、などとも思うのです。
ちょっとした反省を込めて語るならば、結局『「フリーランスの老後」をプロジェクト化』に戻るのですが「老後」を、45歳くらいから75歳くらいまでの30年間使って、ソフトランディングさせるためのプロジェクトであると認識して、早めに仕掛けたほうが良かったなと思っています。
「ソフトランディング」の定義は各自で異なるかもしれません。さしづめ僕の場合は「何かを作り続ける、生産的な趣味」と「生活に困らない潤沢な資産」を残すことですね。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。