孤独を受け入れると快適ですよ
2019.08.21
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。「セミリタイアするやつって、孤独が好きなんじゃない?」などと思い始めているのですが、どんなもんでしょう? もともと僕は「群れたくないんだったら、群れる必要ないよね」と思う派なのです。孤独を受け入れることが快適な人っているのですよ。
友だちって要らないよね?
子供の頃からずっと心のどこかに「友だちって、どうしても必要なもんなの?」という疑問があったのですよ。
それでも、物心ついた頃から両親を含むまわりの大人たちが「友だち作り」を進めるし、保育園に通うようになると、同じ部屋に集められているメンバーを「おともだち」と総称するような教育がはじまりますので、それ以降、常に「友だち」はいました。
小学校時代は、下校後に自宅で着替えてもう一度どこかに再集結して遊ぶことが習慣化していましたし、中学校に入って部活に入ると、その単位で行動することが多くなったり…。
それなりの集団生活は体験しているのですよ。
それどころか、大学時代は1年間の寮生活、3年間の合宿所生活をしていますので、かなり濃密な集団生活体験者なのです。
ただ、子供時代の体験や、制度としての集団生活の体験は、ここで触れようとしている内容とは少し異なるような気がしますので、あまり深く言及しません。
僕が「友だちって要らないよね」って思うことは、世間一般の「交友関係が狭いことは、悪しきこと」のような風潮に対する疑問なのですよ。
「大人になってからも、友だちって要る?」ということなのです。
それが職場でも地域でも、趣味の集まりでも構わないのですが、その都度のテーマごと、イベントごとに話しの合う人、刺激を受ける人を見つけてコミュニケーションを取り、それが終わったら「知り合い」に戻ればいいように思いますし、そのくらいの距離感を快適だと感じるのですよ。
得に用事がないときには「こんちには」の挨拶だけで十分ですよね。
無理やり共通の話題を探したり、週末をともに過ごす約束をしたりする必要はないのですよ。
群れると麻痺する
とくに、他人とコミュニケーションを取ることが嫌いではないのですよ。
自分の周りに「決まったメンバー」がいて「決まった行為」とし続けることが不快なのだろうと思うのです。
「思うのです」というのは、30代半ばでフリーランスになったときに、そういう日常から離脱しているので「なんとなくの記憶」で語っているので、そういう表現になってしますのです。
いつも同じメンバーで同じ部屋にいて、同じやつとメシを食い、トイレに行くと必ず決まったやつが自分が出てくるのを待ってる…。みたいな毎日が嫌だったのですよ。
そういう意味では、最近まともにfacebookを使っていないこととも似ている気がします。
(参考:facebookを使うのをやめた理由)
自分の周りには、ひとりでじっくりと自分に向かい合わないと決定できない問題が多くあります。
それらを群れの中にいることによって、みんなでルーティーンを共有し合うことによって、麻痺させることができるんですよね。
問題を結果、先送りの果に「なかった」ことになっちゃうので、なかなか自分を成長させることができないのですよ。
そういったものを「楽で心地良い」と感じる人もいるのだろうと思いますが、僕には向いていなかったようなのです。
このブログの過去記事を検索してみると、過去にも似たような記事を投稿していました。
ずっと「何をするにも、まず単体」をモットーにしていたほうが。ものごとが上手くいくのですよ。
20年前、フリーランスになったときに感じていた感覚です。そのときは手探りだったのですが、50代半ばになった今「それで正しい」と言い切れます。
普通に生きていれば、何回か節目というか転機が訪れるものなのですが、そのときに「独りで考えて、独りで結論に至る」ことがとても重要なのです。
あとから「もっとこうしていれば」という後悔もありますが、自分が決めたことならば、心のバランスを保てるのです。
その結果、僕はずっと孤独を選ぶクセが付いていたんですよね。
ずっと、一人の時間を確保することを選び続けてきているのですよ。
ずっと、先日投稿した『「平日昼間、遊ぶ友だち」を求める代わりに僕は、田舎を目指す』という記事の中の
「暇、作りたい派」
だったのです。
群れたくないんだったら、群れる必要なし
世の中に「群れるのが好きな人々」と「群れるのが嫌いな人々」が存在することは、よく判っています。
僕が「嫌いな人」の側にいるだけの話なのですよ。
だから「大人になってまで、友だちを欲しがるヤツ、クソ」なんてことを主張したいわけではないのです。
日頃から「友だちなんて、いる?」などと思っている僕だって、何かのはずみで「最近、いつもこの人たちと一緒だな」って状態になることだってありますしね。
ただ、世間的には「友だち多いほうが、幸せだよね〜」と思う人たちのほうが主流派だとは思います。大人になって、特にビジネスの世界だと「人脈」なんて言い方もしますね。
(※過去記事を検索してみたら「人脈作りなんて意味ないと思ってる」なんて記事を投稿していました…)
僕も人生の途中で何度も「人付き合いは大切だよな」「人脈とか気にしたほうがいいのかな」なんてことを思ったこともありました。
でも今現在、50代半ば時点での僕の結論は「群れたくないんだったら、群れる必要なし」ですね。
先日「セミリタイア生活をはじめたら、人付き合いが億劫になってきた」という記事を投稿したように、独りで何かを考えている方が快適なのですよ。
「家族は?」「地域は?」とか、いろいろ挙げ始めると、完全な「独り」を作ることは困難だったりもしますけどね…。
そこは「なんとなく」ってことですよね。
他人の存在を意識すれば、そこに微小なりとも「同調圧力」的なものが発生しますよね。
そういうストレスからは、逃れられるものならば逃れたほうが楽チンなのです。
「その分。自分の好きなことを考えたり、やったりしたほうがいいんじゃない?」と思うのです。
そこで最近「セミリタイアするやつって、孤独が好きなんじゃない?」「孤独が好きなやつって、セミリタイアしがちじゃない?」などと思い始めているのですが、どんなもんでしょう?
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