断捨離を実行することにします
2019.09.24
最終更新日:2019年10月16日
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。不要なものを捨てて身軽になりたいのです。そのために、断捨離を実行することにしました。なんとなく「行動して、新しい問題に出会うフェーズだな」と思っていて、そのための行動をモノに妨げられたくないのですよ。これからモノ捨てガンバリマス。
先日投稿した「そろそろ撤退戦が終わる。無職になる」で書いたように、携わっていた最後の案件がクローズすることになりました。
この3連休に、僕が物件サイトを運用していたマンションが完売したのです。
それでも、途中キャンセルになる可能性がありますので、2週間は「完売しました、ありがとうございました」的な文言を掲載したページを表示させておき、実際にクローズするのは2週間後なのですが、これでほぼWebデザイナーとしての業務から解放されました。
晴れて無職になるのです。
(※それでも月額数万円程度の業務は残りますが、拘束のタイミングも作業量も決まっているので、気にしないことにします)
断捨離を始めます
これから、少なくとも1年間の長期休暇を取ります。
「少なくとも」というのは、「1年間」という期限を作ると、最後の方は「そろそろなんか始めなくちゃな」とか「もう休みが終わってしまう、やだな」などと考えてしまうからなのですよ。
僕はきっちりと1年間休みたいのです。
その次のことは、休みが終わってから考え始めたいのです。だから「少なくとも」なのです。
1年間休んだ後に「もうちょっとダラダラしたいな」と思えば、延長できる余地を残しておきたいと思っているのですよ。
思えば、これまでずっと「きちんとケジメをつけろ」とか「自分で作った計画を崩すな」といった行動規範で生きて来ました。
「1年間休む」と決めていれば「1年と1日目」から働き出すのがルールだったのです。
これをいったん崩したいのですよ。
お客さんがいるわけじゃないし、自分の価値観を再構築するための1年間なのです。
「別に決めた通りにする必要もないから、キチッと決めずにフンワリと行こう」くらいの感じで考えています。
ただ、自然に考え始めたことや、やりたくなったことに抗って「休みなんだから、なにもやっちゃダメ」というワケでもないのです。
おそらく、この間にいろんなことを考えるだろうし、何かをやり始めるような気もしています。
たとえば、このブログは書き続けます。
1年間の長期休暇という、人生はじめての体験をするのですから、その間、何を考えどんなことをするのか記録し続けたいですからね。
そして、これから始めたいのが「断捨離」なのです。
このブログ内でもあちこちに人間関係の断捨離」たいうタグを付けた記事を書いていますが、僕がこれから始めたいのは本当の意味の「断捨離」なのです。
とにかくいったん、持ち物を最小化したいのです。
行動を妨げるもの
もともと、それほど物欲が旺盛な方ではないので、身の回りに物が溢れて困っているというわけではないのですが、それでも人並みに「まだ着れる、痩せたら着れるかもしれない服」とか「誰かの披露宴でもらった、開けたことのない食器とか」あるのですよ。
また、法人を持っているので、何年分もの領収書類とか、よくわからない書類、昔作った印刷物やら、仕事で使った資料…。
最大の難関が本。壁1面、造り付け本棚の部屋があるのです。
しかも、収まりきれなくて、出窓のところや床に散乱しています…。
まあ、なんやかんやと気が重たくなるほどの、要らないものがあるのです。
長年、捨てるのが下手くそだったんですよ。
たぶん、一気に捨てても困らないモノの方が多いのです。
もし「使うもの」だったとしても、必要になったらまた買えばいいし、そしてまた捨てればいいのですから。
これから、しばらく二拠点生活を続けるにしろ、ある日、思い立って田舎に完全移住するにしろ、モノに行動を制約されたくないのですよ。気軽に行動したいのです。
まずは、
- 本
- 服
- 食器
- 書類
- 家具
の順で、ものを捨てていこうと思います。
できれば、スーツケース3個で収まる程度にまで、荷物を減らせたらと思っています。
断捨離したら、生活の質が向上するような気がするのです
思考、行動様式…。なんでもかんでもアップデートしたい欲みたいなものが湧いてき始めてるのですよ。
僕は50代半ばなので、いろんなものを作り上げてきたような気もしているのですが、反面、社会や環境の変化に自分を合わせることをサボってたような気になってるんですね。
「なんか、ちょっとズレてるな。その『なんか』が良くわからないけど」みたいな状況になっているのですよ。
だから「仕事要らない」「モノ要らない」「東京に家要らない」みたいな断捨離をしつつ、質的なものを見つめ直したいのです。
身の回りから、いったん不要なものを排除して、必要なものを必要なときに市場から都度調達する生活様式に変えて「本当に必要で、所有すべきもの」を見極めたいのです。
このブログでも「田舎暮らし」というカテゴリを設けて、記事を書き続けているように、僕は近い将来、田舎(山口県萩市)に移住します。
おそらく生活が楽なのは、東京なのです。
でも前述のように、今の僕は「アップデート欲」にまみれているのです。
環境を変えて、新たな問題と向かい合いたいのですよ。
先日投稿した、
でも触れているように、実際にやっていないと何とも言えないことは分かっているのですが、なんとなく田舎に移住したら、東京にいるときとは質も、解決のしがいも違う問題と出会えるような気がしているのです。
それを確かめに行きたいのです。
大雑把に言えば、
- 田舎に住んだらこんな問題あった
- オレは、こんなふうにやってみる
- 一連のストーリーをコンテンツ化
みたいなことをして過ごしたいのです。
取り組むべき問題は、身軽になった先に
僕は「人生100年時代」というバズワードを真に受けているのですよ。
「まだ、20年か25年くらい職業人生あるぞ」と思っているのです。
なので「職業人生を伸ばすためのセミリタイア」を選択し、これから「ゼロに戻す」工程に取り組もうとしているのです。
(参考:準備作業としての、セミリタイアとか長期休暇とか)
「オレも、サラリーマン年齢に換算したら定年退職が近いんだな」と感じ始めた頃から、自分の有りたい姿が変わってきたんですよね。
ずっと、娯楽として働いていたいし、田舎の山間部での生活を体験してみたいし、手を使って物理的にモノを作ることをしていたいし…。
そういう心の動きを思いつくままに記録していっているのが、このブログなのです。
そうなると「取り組むべき問題は、今目の前にあるものじゃなくて、行動した先にありそうだぞ」という考え方になってくるのですよ。
なので、これからしばらくは「身軽な自分を作る」というフェーズに入ります。
そのための第一歩が「断捨離」なのです。
早い話が「モノ捨て、ガンバリマス」ってことです。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。