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[フリーランスの老後]ちゃんとバテる。ちゃんと休む

2019.10.21

こんにちは、萩ドットライフ()です。

無職になって、長期休暇が始まってるのですが「やっぱバテてたな」「休んでヨカッタ」としみじみと感じています。よきところで、しっかりとバテを感じて、休みを取らないと次に繋がりませんよね。フリーランスや自営業者の職業寿命は長いのです。

休んでみて再認識した「オレ、バテてたわ」

僕はこれまで、夏バテというものを感じたことがないのですよ。
元来丈夫にできているのか? 鈍感なので認知できないだけなのかはわかりません。

中学から大学まではバレーボールをやっていたので、夏場の強化練習やら遠征やらで追い込んでバテバテになって、秋になって少し気温が下がってきたら、驚くほどカラダが軽くなって、なんだか上手くなったような気になる現象なら、何度も味わったことがあります。

はるか遠い、昔の話しですね。

ただ、季節に関係なく「職業人生にバテたな」という感覚はあります。

20年以上フリーランスのデザイナーで食ってきました。
本来ならば、サラリーマン時代を含めて「30年以上…」という表現をするのが適当なのでしょうが、僕の場合、フリーになってようやく職業人として腰が座った気がしているのです。

なので「フリーデザイナー20余年」という表現をします。決してサラリーマン時代の経験をないがしろにしているワケではないのです。
単純に僕の中での印象の鮮やかさの問題です。

つい先日、引退して(ほぼ)無職になったのですよ。
上述の通り「デザイナーを続けることにバテたな」という感覚もありますし、50代半ばになり「焼きが回ったな」とも考えるし、「ここらで、いったん休んで、それから二段目のロケットに着火しよう」などと考えていたからです。
(参考:「無職」って言っちゃうとウソになる。でも言いたいのです

まだ、無職になってからひと月も経っていないのですが、今日明日の予定がないことが、とても心地よいのです。
「ああ、オレはバテてたんだな。セミリタイアを決断してよかった」と思っている最中なのです。

ここ数年ずっと「バテてる」とは思っていたのですが、それを再認識しつつ、同時にバテの底を感じてるような状態ですね。休みに入ってヨカッタ!

先のことばかり考えるのです

気がつくと20年後くらいのことばかり考えています。

ときどきこのブログで、この記事同様「フリーランスの老後」というタイトルの付いた記事を投稿しているように、僕は個人事業者や、ひとり法人でやってきた人の終末に関心があるのですよ。

「みんなソフトランディングできてるのかな? オレはそうありたいな」などと思ったりしているのです。

たぶん、僕自身が50代半ばになって、職業人生の終末を意識し始めたからなのです。

10年くらい前までは、そんなに先のことを考えてなかったように思います。
仕事が切れると「あれ、干されちゃった?」と不安になるし、仕事が詰まってくると「そんなに金、要らねえよ。暇くれ、休ませろ」と悪態をついたりはしていましたが、概ねやってくる仕事を次々に捌いていく、長いことセルフブラックではありましたが、それだけでよかったのです。

そして50代くらいになって、ふと周りを見渡すと同世代のフリーがいなくなっていました。

だから「みんなどうしてるんだろう?」みたいなことが気になるし、せっかく今こうして、僕のような無名のデザイナーが言葉を残しておけるプログという便利なものがあるのだから、僕がたどった「フリーランスの終末」を書き残しておこうと思っているのです。

話を戻すと、20年後のことばかり考えている僕は、20年後も職業人として生きていることを想定してるってことなんですよね。

「バテたからいったん休んで、今度はストレスなく快適に進むロケットで進めるように工夫しよう」と思っているのです。

ただ、この辺の順番。休みを取るための方便として、20年先のことを考え始めたのか? それとも、20年先のことを考え始めたから「ここらへんで、いったん休もう」と思いついたのかは謎です。同期してるのかな?

よきところで、ちゃんとバテたほうがいい

何度か繰り返し、このブログ内で書いていることなのですが、僕はフリーランスなので当然、退職金はありません。
国民年金に加入していた時期が長かったし、未納期間もあるので受給できる年金は、月額8万円程度です。

一方で、不動産を賃貸で運用して、金融資産を取り崩し運用すれば、豊かではないけれども、どうにかこうにか生活できる程度の皮算用はできています。

以前「フリーランスは老後も稼ぐことが前提です」という記事を投稿したことがありますが、僕は75歳から80歳程度まで、ユルく働き続けたいのですよ。
そのために今、20年後のことを考えているのです。

「20年後75歳の自分が、月額20万円くらい稼げる職業を作りたいな」と思っています。

以前「老後2,000万円不足問題」というニュースに世間がざわつきましたが、フリーランスは現役時代によっぽど大きな資産を築かな限り、みんながこの問題と向き合うことになるのですよ。

たとえば、先般のニュース通り「2,000万円不足」を解消したいのであれば「年収100万円の仕事を20年やればいいじゃん」というのが、僕の答えなのです。
だから今、その準備をしています。

「やる」ことが決まってる以上、「嫌」なことよりも「好き」なことをやったほうがいいに決まってますよね。

僕は30年前に「好き」デザイナーになったのです。20年前には同じく「好き」でフリーランスになりました。
でも「好き」にも寿命があるのですよ、たぶん。上述の通り、バテました。
デザインは好きですが、デザイナー稼業はもうあまり好きではなくなっています。
(参考:デザイナーは引退しても、デザインは続けるよ

ちょうど今が、

  • 「好き」を見直す
  • 「収入が多い」よりも「長くできる」ことを探す

時期なのだろうと思うのです。

しっかりと長期休暇を取りながら、考えてきたいと思っています。
いろいろと妄想しながら、あれやこれやと考えてる時期が、ストレスなくて、いちばん快適ですね。

以降、職業人で居続ける期間を「セミリタイア期」と捉え、ユルく、長く、遊びながら継続できる労働をして過ごしたいのです。

ちょうど、75歳から80歳くらいに再度バテる強度に調整しようと思っているのです。

もちろん、思ったように「娯楽としての職業(=生産的な趣味)」を構築することができないかもしれないし、途中で命が途絶えてしまうかもしれないし、病気や怪我で行動が止まってしまうかもしれません。

でも「かもしれない」で諦めたり、現状を継続するよりは「こっちのほうが、面白そう」と、試してみたほうが楽しそうだと思っているのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。