follow hagi.life

好き嫌いなんて、あって当たり前だよね

2020.02.14

こんにちは、萩ドットライフ()です。

ずっと「好き嫌いをしちゃいけない」「環境に順応するのが最高のスキル」みたいなことを言われてきて、それに関して異論はありません。でも本当にすべての好き嫌いを克服したら、それはそれで抑揚のない、つまんない人生になりそうな気がするのです。

好きなことを仕事に

いつ頃からでしょうかね? しきりにウェブメディアやSNSで「好きなことを仕事にしよう」という言い方をよく見るようになりました。

どうやら賛否両論あって「仕事とは、熱意を持って取り組んでいるうちに好きになるものだ」だったり「好きなことでも仕事にしてしまうと、嫌いになっちゃうよ」あたりが否定的な意見ですね。

僕は好きでデザイナーという職業を選びました。

美大芸大を出ていなくて、僕が卒業したのは体育大なのですが、社会人になっていろいろやってるうちに「デザイナーになりたいな」と思ってなったのです。

過去記事を検索してみると「好きなことを仕事に」というテーマで二度ほど記事を投稿していますね。

結局、僕は好きなことを仕事にして30年後に飽きてしまうのですが、30年持ったのなら充分じゃないですかね?

僕は「好きなことを仕事にしたいのなら、そうしたらいいじゃん」派です。
賛否でいうと「賛」ですね。

なんだかんだいいながら、嫌いなことをやるよりも、好きなことをやったほうが楽しいに決まってますもんね。

ところが、僕たちは子供のころから「好き嫌いをしちゃいけない」ということを言われ続けているのですよ。
「野菜を食べなさい」とか「出されたものを残しちゃいけない」みたいなアレですね。

もちろん食べ物だけではなくて、人付き合いとかもそうだし、置かれた環境なんかもそうで、とにかく「順応する能力を身に着けなさい」ということで、決して間違った考え方でもなさそうなのですよ。

ほら。「最高のビジネス・スキルは、変化に対応できるチカラ」みたいなことを言うじゃないですか。

ご飯のおかずから職業まで「好き嫌いなく受け入れるのが健全なのです」って雰囲気、ありますよね。

50代半ばのオッサンになりますと、さすがに「椎茸残してんじゃねえよ」などと言われることもないし、職業に関しては無職になってるので、誰からも何も言われませんが、心のどこかで「好き嫌いなんて、あって当たり前じゃねえか」と思い続けているのです。

どうしても「嫌い」なものってありますよね

人間いくつになってもダメなものはダメなのですよ。

オッサンになりますと、あまり周囲の人から関心を持たれなくなりますので「オレ、これダメだから」って言っても「そっすか」で済んじゃうことが多いんですよね。

『人生の半分損してる』の人とは、ここ数年巡り合っていません。

結論。「嫌いなものを無理に克服しなくても、人生に対する影響は少ない」です。ま「オレ調べ」ですけど…。

それでも例えば僕の場合、決算期になると1年分の帳面(じゃなくて、クラウド上の会計アプリですけどね)をまとめてやったり、ちょっと前まで現役のデザイナーでしたから、気に入らない代理店担当者の指示にも従ってました。

偏見とか先入観を抜きにしても「合わないなあ」ってものは、あるものなのです。

前述の「順応しなさい。苦手を克服する経験は尊いし、それが『好き』の入り口なのです」的な考え方が正しいことは分かっているのですよ。

「なんとなく、そういう経験もあるかな?」という気もします。
克服したものは、もう嫌いなものじゃなくなってるので、何がそれに該当するのかは覚えちゃいませんけどね。

「嫌い」を努力によって克服すると、それに対応する「好き」が何だったのかも忘れてしまってるような気がするのですよ。

ほら「好き嫌い」っていうくらいで「好き」と「嫌い」はセットになってるものですからね。

当然、生きていくために必要な「嫌い」は克服しなければなりません。
法人を所有している僕が「経理仕事、嫌い」って、申告も納税もしなかったらとんでもないことになっちゃいますからね。

でも「どっちでもいいじゃん、オレに決めさせてくれよ」ということに関しては、どうでもいいように思うのです。

というか、その方が幸福度が高まるような気がするのです。

「好き」の熱量は「嫌い」の反作用

仮に僕の中の、すべての好き嫌いを克服した場合、それって楽しい人生なのだろうか? と思うのです。
好きをプラス、嫌いをマイナスとして考えると、好き嫌いがないってことはすべてがゼロになるってことですよね。

抑揚のない日々。穏やかではあるのでしょうが、なんだかとてもつまらない毎日に思えるのです。

「楽しい」とか「嬉しい」って、多くの好きなものを獲得することに支えられていると思うのですよ。当然、嫌いなものを排除しながら。

そして「好き」と感じるものが大きいほど、「嫌い」と感じるものも大きいんじゃないでしょうかね。この2つはバランスしているものだと思うのです。

むかし習った、作用・反作用みたいなものでしょうかね。

上にチラッと書きましたが、僕は経理仕事が嫌いなのです。
僕はいま無職なのですが、所有している法人は超低空飛行で赤字運用中なのです。

決算は3月。したがって申告期限は5月。
ちょうど東京を後にして萩に移住するタイミングと重なりそうなのです。

だから「今期は早めに着手しないとな…」と、今から気が重くなっています。

「経理仕事、嫌い」を克服できればいいな、とも思いますが、他の「好き」の反作用としての「嫌い」なのでしょうから「嫌い」のままほっとくしかありませんよね。

僕は、加齢によってプラスとマイナスの差が縮まって、だんだんとゼロに近づいてきているような気がしています。

だんだんと好き嫌いが無くなってきてるのですよ。

前項で触れた「オレ、これダメだから」も、昔からそうだったからという理由でそう言い続けてるだけなのかもしれません。

でも「好き嫌いが減ってきたから、ヨカッタ」というふうには思っていないのです。

ちゃんと「好き」と「嫌い」を認識し続けていかないとな、という気がしています。
そうしないと「好き」の熱量を持ち続けることができないのです。

生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。