そういや「忙しい?」って訊かれなくなってる
2020.10.17
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。以前は挨拶みたいな感じで「忙しい?」って訊き合ってたのですよ。それが無職になって以降ピタっとなくなったのです。そういうことについさっき気づいたのです。仕事をしてないんだから当然のようでもあり、その他の理由を含んでいるようでもあり…。
「忙しい?」って、ありゃ挨拶だったんだね
ついさっき。ホントに目が覚めてPCの前に座って「さて、今日のブログは何書こ?」と思い始めてから、あることに気づいたのですよ。
僕は、無職になってほぼ1年が経過したのですが、その間一度も「忙しい?」って訊かれてないのですよ。
無職になってからも電話とかかかってきて「あのときの資料、お持ちですか?」みたいな話を仕事の付き合いのある人とすることもあったので、もしかしたら聞かれたこともあったのかもしれませんが、記憶に残っていないので「訊かれてない」でいいと思います。
往々にして「忙しい?」って訊かれるのは仕事上の付き合いがある人と交わるときですよね。
案件のオリエンなんかで集められて、顔をあわせたときに「おっ、またご一緒ですね。どうです? 忙しいですか」とか、クライアントの入ってるビルのエレベーターで乗り合わせたときに「忙しい?」とか、そんな感じですよね。
たぶん「調子いい?」くらいのニュアンスですよね。
余談ですが、僕は以前住んでいたマンションのエレベーターでも何度か「忙しいですか?」って言われたことあります。
その人たぶん、口グセになっちゃってるんでしょうね。
「こんにちは」とか「あ、ご無沙汰です」って挨拶したあと、階数表示をただ見つめているだけじゃ間が持たないのですよ。
かといって挨拶を交わした以上、無言のままってのもなんだかムズムズしますしね。
マンション内とかだと、天気の話が定番ですよね。
「朝晩寒くなりましたねえ」から始まって「週末あたり、雨が降るらしいですよ」みたいな、互いが持ってるお天気情報を交換したぐらいで、ちょうど目的階に着くくらいに調整しやすいんですよね。
そのビジネス版が「忙しい?」なのだろうと思います。
だからあまり「○○社から、こういう案件を依頼されてましてね、それが炎上中なんですよ」とか「いや、ちょうど週末にひとつ手が離れるんですよ、来週あたりはちょっとダラけます」みたいな具体的な話をする人なんていませんよね。
「パツパツっすね」とか「なんとなくいい感じですね」「ゆったりしたもんっすよ」などなど、人にも因るのでしょうが、だいたい自分なりの定型句で答えますよね。
僕は「ゆったりしたもんっすよ」派でした。
なんて答えても「いいっすね」って答えが帰ってくることが決まってるんですもん。
僕も、相手がどう答えようと「ああ、いいっすね」って返してましたから。
それでも、ときどきは「そんなことないでしょ、ご活躍はお聞きしてますよ」みたいに、話を膨らませる方向に持っていこうとする人も皆無じゃありませんでしたけどね…。
たとえばそれがエレベーターの中ならば、内心「(メンドくさ)」って思いながらも、「いやいやいやいや」って言いながら、残り階数でどんな話ができるかを測ることになりますよね。
オレ、暇人顔になってる?
そうやって「忙しい?」って訊かれることがなくなった理由は、前述の通り、僕が無職になったからなのだろうと思います。
当然、かつての仕事関係の人々との人間関係は断たれますからね。
そういうもんですよね。
でも一方で「もしかしてオレ、暇人顔になってる?」という気もしているのです。
前項でも触れた、マンションのエレベーター内で「忙しいですか?」って訊かれるパターンのように、仕事上の付き合いのない方から言われることも皆無ってワケではなかったのですよ。
ちょっとした会合で同席した人と「ご職業は」とか「ご専門は」みたいなジャブの打ち合いのあとに「お忙しいですか?」ってパターンもあったはずなのですが、そういうのもなくなっているのですよ。
前提として、僕はそういう飲み会に参加する機会、極端に少ないのですけれどね…。
僕、そういう雰囲気の飲み会では、話がメンドくさい方に向かうのがイヤなので最初は「デザイナーしてます。フリーですが法人化しています」って言っていました。
その上で、話が噛み合いそうだな、と思ったら「実はこのたび、新規案件をすべて断って無職になりましてね」みたいな話を投入することにしていたのです。
だから、冒頭で「お忙しいですか?」って訊かれても良さそうなものなんですけどね。
いま思い返してみると「そういや無職になって以降、訊かれてなかったよな」と…。
過去形なのは、もう山口県萩市に移住してきたので「もうそんな感じの飲み会に参加することはないだろうな」と思っているからですし、萩で「お仕事はどうされてるんです?」って訊かれたら「無職です」って答えるようにしていますから。
俗に言う「オーラ」ってものが存在するのかどうか、僕にはよくわかりませんが、もし本当にあるのならば、僕からはもうすでに「職業人オーラ」が消え去ってるんじゃないでしょうかね?
鏡の前で、しげしげと自分の顔を見つめても何もわかりませんけどね。
でも「忙しい?」って訊ねるべきじゃないカテゴリの人っているじゃないですか、たぶん僕は今そういう雰囲気をまとってるんだろうなと想像してみているのです。
「ちょっとさみしいな」とか
むかし、何かのCMで「忙しいとは、心を亡くすと書きますな」ってのがありましたよね。
「何のCMだったっけな?」と思ってググってみても見つからず…。
もしかしてローカルCMだったのかもですね。
そういうCMがあったことに言及している記事は見つかったのですけどね。
なんとなく今「自分は、心を亡くしちゃいないよね」という確認の意味もこめて「忙しい?」って、昔はよく訊かれていたこと、今はさっぱり訊かれなくなったこと、について考え、こういうものを書いています。
おそらくですけどね、他人と「忙しい?」って挨拶を交わし合ってるのって、相手の余裕を測りあってるような部分があるんじゃないでしょうかね?
当然、その場面ではそんなメンド臭いこと考えながら「忙しい?」なんて訊いてるワケじゃありませんけどね。
そしてみんな、どこかしらで余裕があるふりをする(=装う)んですよね。
「パツパツっすよ」って答えがちな人も、言外「口ではそう言っときますね」ってニュアンスを含ませてたりね。
そうすることで、実際に自分に余裕が生まれるような気もするのですよ。
忙しさって、スケジュールの詰まり具合だったりとか、抱えてる案件数なんかじゃなくて、心の持ちように影響されますからね、ホントに。
「忙しい?」って訊きあうのって「オレたち、まだ余裕を失ってないよな」っていう、希望の交換作業のようなものかもしれませんね。
さて。その希望の交換作業に参加することのなくなった僕は、今どういう状況なんでしょうね?
無職なのですから、余裕だらけ隙きだらけのような気もしますし、まとっている雰囲気が職業人として「圏外」なのかもしれません。
正直な今の気持ちを記せば「ちょっとさみしいな」と「これを望んでたんだよ」が半々くらいです。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。