言うは易しなのか? 産むが易しなのか?
2021.04.07
こんにちは、萩ドットライフ(
)です。ずっと昔から「言うは易く、行うは難し」という言い方がありますね。なるほどと思います。一方で「案ずるより産むが易し」という言い方もあります。これもまた、なるほどと感じるのです。結局は、どちらでも好きな方を選べばいいってことですよね。
「口だけ」になりがちですよね
「あの人、口だけじゃねえか」とか「言うだけなら、だれだってできるんだよ」なんて、これまでの人生の中で、幾度言ったし、言われてきたことでしょうか。
本当に「言う」と「行う」の間には大きな隔たりがあると思っています。
今は無職になって社会性を失ってるし、コロナ禍で他人と会わない生活をしているので、あまり「口だけ」の醜態を晒すことはありません。
でも暇さえありゃ、自分で「あれやろう」「これやろう」思っていますから、自分に対する「口だけ」になってる状態なのかな? などとも思うこともあります。
上手く行かなかったときのことを考えたり、別の「やりたいこと」とバッティングしたり、いっときは「やりたい」って思ったけれども、途中で熱意を失ったり…。
いろんな理由を付けながら、結局「口だけ」になってしまうのです。
若いころには「自分たちのような若者は行動的だけれども、オッサン・オバサンは口だけだよね」などと思っていました。
「年齢が上がると、地位とか家庭とか、守るものが増えるからねえ」みたいなことを訳知り顔で語り合ったりもしていました。
でも50代後半に差し掛かったいま、なんとなく思っているのが「オッサンになったほうが行動しやすいな」です。
実際に「無職になる」「田舎に移住する」なんて行動を起こして今に至りますからね。
いろんな準備や対策もあって、決断してから数年を要しましたけどね。
オッサンになると、人生の残り時間をイメージし始めるのですよ。
当然、残り時間は減っています。時間の価値が日に日に高まりつつあることを感じるんですよね。
そう考えると、なにかしら「行う」をやるしかなくなってしまうのです。
これもまた人それぞれの背景があるので、なかなか一般化できるわけじゃありません。
「案ずるよりも…」
ずっと昔から、人々は「言うは易く、行うは難し」ということを言ってきました。
一方で、それに対するカウンターみたいな言葉もあるんですよね。
「案ずるより産むが易し」です。
あれこれ考えるよりも、実際に行動してみたら案外平気だよって意味ですね。
迷っているときや、悩んでいるときには背中を押してくれる、ありがたい言葉です。
これもまた事実なのです。
結局みんな、場面々々で正反対の言葉を使い分けてるだけなんですよね。
もちろん「人々」や「みんな」の中に僕も含まれます。
どちらかというと「案ずるより産むが易し」を推したほうがカッコ良さそうな風潮ではありますけどねえ…。
結局バランスってことなんでしょうね。
周囲から「口だけ」って言われている人だって、なんらかの行動はしているはずですし、ものすごく行動力のある人だからといって、口にしたことをすべて行動に移せてるわけじゃありませんからね。
結局、どっかで選ぶしかないんですよね
どっちにしても、そのときどきの考え方、感じ方で好きな方を選ぶしかないんですよね。
自分で選んだことなら、それでオッケーなのです。
他人のアドバイスやら評価なんて気にすることないのです。
自分の判断が不安になって、他人の意見を取り入れちゃうと上手に着地できないケースが増えると思うんですよね。
ほら、人ってどうしても自分に都合よかったり、好みの行動をする人を指して「あの人は行動力がある」って言いたがるものです。
反対に、思い通りの動きをしてくれない人に対しては「あいついつも口だけ」って評いがちだったりしますよね。
他人事だけじゃ済まない感じもしますけどね。
僕自身も、自分の好きなように「行うは難し」を選んだり「産むが易し」に寄り添ったりしてきたのですよ。
大切なのは「自分のことなんだから、どこかしらで自分で決めよう」ってことなのだろうと思うのです。
そうしないと、どっち付かずのまま時間ばかりが過ぎていきますからね。
前述の通り、年齢を重ねるにしたがって、時間の価値はどんどん高まっていきます。
今日は本当は、ものごとを実行する優先順位について書こうと思ったのですが、こんな感じの仕上がりになってしまいました。
ま、こんな日があってもいいか。
生まれた街「萩」の小さなひとつに還ろう。